おしらせ

これまでのおしらせ
令和3年9月21日

■横浜タカシマヤ「第38回日本の伝統展」
8階 催会場
◆会期:10月13日(水)~10月18日(月)

■山陽百貨店 明珍鍛冶展
本館5階 美術画廊
◆会期:11月10日(水)~11月16日(火)

令和3年3月31日

敬三が53代当主 宗敬(むねたか)を襲名しました。
拝啓 春陽の候、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
平素は大変お世話になっております。
さて、令和3年3月31日をもちまして、明珍家当主52代明珍宗理の後を、三男・敬三に承継し、53代明珍宗敬
(ミョウチンムネタカ)を襲名いたしました。
今後とも宜しくお願いいたします。 敬具

明珍家紹介海外版パンフレット

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火箸 自在置物

平安時代より続く
甲冑師の家系

明珍家は平安時代より続く甲冑師の家系であり、12世紀半ばに近衛天皇よりその技を賞賛され「明珍」の姓を賜りました。

戦乱の世を経て江戸時代には姫路藩のお抱え甲冑師として姫路へ移り住むこととなりました。

風鈴

明治維新、世界大戦、
高度経済成長期を越えて

明治時代の廃藩置県により甲冑の需要がなくなり、千利休のために火箸を作ったという故事にならい火箸製作で起死回生を図ります。

戦時中は鉄の入手が困難になり、戦後の高度経済成長期には火箸の需要が低減するなど何度も危機に見舞われます。

伝統の技を途絶えさせないため、52代明珍宗理が試行錯誤を重ね、昭和40年ついに「明珍火箸風鈴」が誕生しました。

花器 お鈴

現状に甘んじることなく、
常にたゆまぬ努力を続ける

明珍火箸風鈴の音質の素晴らしさは国内ばかりか世界で評価が高まっていますが、明珍家は名声に甘んじることなく、常に品質と技術の向上を図るため、たゆまぬ努力を続けています。

日本古来の玉鋼を使用した玉鋼火箸、新素材チタンの手打ち鍛造など、絶えず挑戦を続ける姿は、明珍家の次男、三男に受け継がれています。

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